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お礼の短編小説です。


・膝枕
 「わ、ちょっ、なになに」
 店が休みの穏やかな午後。操は一人、部屋で縫い物をしていた。なんということはない、単に裾がほつれただけである。これを済ませたら、あとは――と考えていたときに、すいと障子が開いた。手元に集中していたとはいえ、操は普通の女より気配に聡い。部屋に入ってくるまで察知できない相手といえば、まあ夫くらいである。
 しかしその夫が、四乃森蒼紫の様子が、明らかに変だった。なにやらふらついているのだ。千鳥足とまではいかないが、普段の蒼紫は決してこんな足取りをしない。加えて三歩に一度くらいの割合で、足音をさせていた。たし、と畳が鳴っている。彼の足音など初めて聞いたかもしれない。熱でもあるのだろうか。操は不思議に思って縫い物をする手を止め、「蒼紫さま?」と声を掛けた。
 極めつけに、蒼紫はそのままふらふらと寝転がった。しかも操の膝を枕に、である。
 「ちょっ、危ないよ! 針なんだから」
 慌てて裁縫道具一式を膝から避けたから、御庭番衆最後にして最強の御頭の頭に待ち針が刺さることはなかった。しかし危ないことは危ない。相手は子どもではないが、操はきっちり「こら」と叱った。蒼紫は微動だにしない。ふつっと糸が切れたように横になっている。
 ……そうして初めは驚いたが、よく考えてみれば、蒼紫にこうして膝枕をする機会などあまりない。危ないなあ、という気持ちがいなくなってしまえば、途端に愛しさが込み上げてきて、操は優しく彼の頭を撫でてやった。ひとつに結った髪がほつれないように、優しく。
 「どうしたの?」
 「……」
 「蒼紫さま」
 「……」
 「具合悪いの?」
 「……、いや」
 ようやく否定の言葉が出た。けれどそれだけではなにも分からない。あたし若葉にもこんなふうにしたことないよ、と苦笑しつつ、二択で答えられる質問をしてみる。
 「何かあったの?」
 「……」
 「どこか痛い?」
 「……いや」
 「そっか。嫌な人に会ったとか?」
 「……いや」
 「じゃあ誰かに何か言われたんじゃないんだね」
 「……」
 「え、そうなの?」
 蒼紫の無言には金田一も驚くほどの意味が存在するが、今日の無言は肯定と同義だ。
 「誰? 何言われたの? あたしとっちめてこようか?」
 「……いや」
 操が焦って問い詰めると、蒼紫は力なく溜め息を吐いた。よっぽど弱っているらしい。ここまで元気のない蒼紫は見たことがない。不安になってもう一度、蒼紫さま、と声を掛けたが、やはり返事はなかった。こりゃだめだ。本人が話し出すまで待つしかない。操は大人しく蒼紫の頭を撫で続けた。
 たまにはいいな。こんなの。
 蒼紫さまが落ち込んでるのは、心配だけど。
 もう少ししたら話してくれるだろうか。蒼紫には昔から一本取られてばかりだが、待つことに関しては、操だって充分すぎるくらい慣れている。穏やかに根比べといこう。