With my feelings of gratitude...
拍手ありがとうございます!
お礼の短編小説です。
・ちょうだい
ふよふよと近づいてくるので、こちらもふよふよと近づく。向こうは、隙あらばがっつりいってしまおうという魂胆だ。その手には乗らない。あくまでふよふよ、ふわふわ、のろのろ、である。
微かに先が触れた。捕えたとばかりに向こうの目が光る。だがそうはさせん。ぱっと遠ざかった。するとその動きは予想外だったらしい。なんとも惜しそうな、それでいて少し楽しげな声を出された。そうしてまた懲りずに、ふよふよと近づいてくる。
「余裕だな」
今度は逃さないという宣言だろうか。僅かに襟元を掴まれた。しかしその力も微力で、蒼紫への制止にはなりそうもない。それは向こうも承知の上なのか、反対の手をやみくもに振り回してきた。強攻策に出たか。面白い。つかず離れずの距離を保ちながら、時折わざと捕まりそうになってやる。すると向こうもますます面白がって、ついには笑い声まで上げるようになった。身を弾ませるようにして、なんとしてでも蒼紫を捕えようとしてくる。
けれどやはり、それで向こうの思い通りになる蒼紫ではない。もう捕まる、という、相手が油断した一瞬を逃さず、ふいと体を逸らした。
代わりに顔を近づけて、小さな小さな額に唇を落とす。
「やあ」
ほしかったものが得られず、さぞ不満なのだろう。可愛らしく唸られた。それが愛らしくて仕方がない。甘やかして、「ん?」と喉の奥を転がすようにして音を出すと、や、とも、あ、ともつかぬ声で反論された。そうではないと言いたいのだろうか。そうだろうな、ともう一度額に口づける。
「いいね−、若葉。父様に遊んでもらってたの?」
ぱたぱたと軽やかな足音。操だ。縁側に胡座を掻いた蒼紫は、ふと顔を上げる。
「あれ、寝ちゃった?」
「寝入りばなだ」
「起こしちゃうかな」
ふふふ、と笑いながら、操は蒼紫の隣に座り込んだ。そうして蒼紫の膝元を覗き込む。そこにいるのは、二人の愛娘であった。蒼紫に抱えられたまま、不思議そうに操の顔を見上げている。
「よかったね。なにして遊んでたの?」
若葉はまだ蒼紫の襟を握っている。反射的なものなのだろう。小さな拳が、必死です、と語っているような気がして、操はその手の甲をつんとつついた。が、一向に離す気配がない。
「鬼事だ」
「鬼事?」
「なあ。若葉」
蒼紫が若葉の手元に――襟を掴んでいないほうの――人差し指を持っていく。と、とろんと眠そうだった目が一転、きらきらと嬉しそうに笑った。そうしてきゅっと、小さな小さな手が、蒼紫の指を握る。
「あたしもやりたかったな。蒼紫さまと若葉と鬼事。どっちが勝ったの?」
にぎにぎ。確かめるように力が入ったり抜けたりを繰り返す若葉の手。その微妙な力加減を感じながら、蒼紫は「俺の負けだ」と微笑した。
お礼の短編小説です。
・ちょうだい
ふよふよと近づいてくるので、こちらもふよふよと近づく。向こうは、隙あらばがっつりいってしまおうという魂胆だ。その手には乗らない。あくまでふよふよ、ふわふわ、のろのろ、である。
微かに先が触れた。捕えたとばかりに向こうの目が光る。だがそうはさせん。ぱっと遠ざかった。するとその動きは予想外だったらしい。なんとも惜しそうな、それでいて少し楽しげな声を出された。そうしてまた懲りずに、ふよふよと近づいてくる。
「余裕だな」
今度は逃さないという宣言だろうか。僅かに襟元を掴まれた。しかしその力も微力で、蒼紫への制止にはなりそうもない。それは向こうも承知の上なのか、反対の手をやみくもに振り回してきた。強攻策に出たか。面白い。つかず離れずの距離を保ちながら、時折わざと捕まりそうになってやる。すると向こうもますます面白がって、ついには笑い声まで上げるようになった。身を弾ませるようにして、なんとしてでも蒼紫を捕えようとしてくる。
けれどやはり、それで向こうの思い通りになる蒼紫ではない。もう捕まる、という、相手が油断した一瞬を逃さず、ふいと体を逸らした。
代わりに顔を近づけて、小さな小さな額に唇を落とす。
「やあ」
ほしかったものが得られず、さぞ不満なのだろう。可愛らしく唸られた。それが愛らしくて仕方がない。甘やかして、「ん?」と喉の奥を転がすようにして音を出すと、や、とも、あ、ともつかぬ声で反論された。そうではないと言いたいのだろうか。そうだろうな、ともう一度額に口づける。
「いいね−、若葉。父様に遊んでもらってたの?」
ぱたぱたと軽やかな足音。操だ。縁側に胡座を掻いた蒼紫は、ふと顔を上げる。
「あれ、寝ちゃった?」
「寝入りばなだ」
「起こしちゃうかな」
ふふふ、と笑いながら、操は蒼紫の隣に座り込んだ。そうして蒼紫の膝元を覗き込む。そこにいるのは、二人の愛娘であった。蒼紫に抱えられたまま、不思議そうに操の顔を見上げている。
「よかったね。なにして遊んでたの?」
若葉はまだ蒼紫の襟を握っている。反射的なものなのだろう。小さな拳が、必死です、と語っているような気がして、操はその手の甲をつんとつついた。が、一向に離す気配がない。
「鬼事だ」
「鬼事?」
「なあ。若葉」
蒼紫が若葉の手元に――襟を掴んでいないほうの――人差し指を持っていく。と、とろんと眠そうだった目が一転、きらきらと嬉しそうに笑った。そうしてきゅっと、小さな小さな手が、蒼紫の指を握る。
「あたしもやりたかったな。蒼紫さまと若葉と鬼事。どっちが勝ったの?」
にぎにぎ。確かめるように力が入ったり抜けたりを繰り返す若葉の手。その微妙な力加減を感じながら、蒼紫は「俺の負けだ」と微笑した。