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お礼の短編小説です。


・人の話は聞くものです

 「クソイケメンがいる」
 講義が終わって掲示板の前。ぴこん、と通知が鳴ったから、何かと思って見てみたら、同じ講義のグループラインだった。
 「なに」
 「どこ」
 「誰レベル」
 「とりあえず写真とろ」
 まるで待ち構えていたように次々とメッセージが送られてくる。あたしは興味半分でやりとりを眺めていた。
 「まって」
 「これ」
 そこから一拍あって、また通知。
 「これですよ!!!」というラインと共に、画像が貼られて、いて。思わず、え゛っ、と変な声が出た。
 誰がどう見たって、その写真の男が――四乃森蒼紫だったから。

 部活はずっと合気道をやっていた。それ以外のスポーツは授業でやるくらいで、特に習った覚えはないが、運動神経はいいほうだと思う。特に足の速さには自信がある。50メートル走で6秒台を叩きだしたときには、陸上部の顧問だった体育の先生からとても熱心に入部を勧められた。断ったけど。走るのは好きだけど、毎日毎日グラウンドをぐるぐる回っていたら目が回りそうだなあと思ったから。今思えば惜しいことしたかも。
 惜しいことしたかもだけど、その脚は健在だった。講義棟から全力でダッシュして正門へ向かう。脇目もふらずに。スマホを見ながらきゃいきゃい歩いている集団を二つ追い越して、全速力で門にたどり着く、と、写真通りの姿で、写真通りの男が、本を片手に立っていた。
 「あ……おし、さん、」
 息も絶え絶えに声を掛ければ、彼はふと本から顔を上げる。ばっちり目が合った。
 四乃森蒼紫、さん、大学1年生。あたしと同い年で、京都の国立大に通っている。個人経営の塾講師でバイトをしている。それと、あたしの彼氏、もやっている。会ったのは去年の夏、バイト先のショッピングモールでだった。びっくりするくらいの速さでびっくりすることばかり起きて、実は未だにびっくりしてばかりなのだが、ともかく色々あっておつきあいすることになった。そして至る、今。
彼は本をバッグにしまいながら、いそいそこちらに近づいてきた。
 「終わったか」
 「なんで……?」
 「今朝になって4限が休講になったから、待っていた」
 「あ、なるほど」
 たまに先生の都合で、やっぱり今日の授業なしね、と突然決まることがある。けれど蒼紫さんの学校はすごく大きいし、先生もたくさんいるから、休講になんてなかなかならないらしい。前に聞いた。よかったねと言いかけて、はたと我に返る。
 「蒼紫さん駄目だよ、そう気安く来ちゃ」
 ここは天下の女子大なのだ。学生は100%女子ばかり。先生だって女の人が8割。女子の女子による女子のための大学(と言うととても華やかに聞こえるが、女子だけなので、皆の女子らしさはもうとっくの昔に捨てられている)では、男の人は必要以上にものすごく目立つ。加えて蒼紫さんのように人智を超えたイケメンなら尚更。のこのことやってこようものなら、さっきのラインのように壮絶な騒ぎが起きるのは明白なのだ。
 「迎えに来るのは迷惑か」
 でも当の蒼紫さんはこのへんをまったく理解していない。頭はいいはずなのに、何度言って聞かせてもだめだ。入学して2ヶ月。2ヶ月間言い続けても覚えてくれないだのから、きっと理解する気がないのだと思う。なんだこの強情さは。……とは思うけども、迷惑か、という蒼紫さんの顔があまりに淋しそうだから、強くも言えなくなってしまう。
 「……迷惑じゃない、けど、目立つよ。ただでさえ男の人なんかレアなのに、蒼紫さんくらいかっこよかったら、みんな見ちゃうじゃん」
 蒼紫さんが格好いいのは今に始まったことではない。本屋のレジで初めて会ったときから、すごい美形だなあと思っていた。それからほどなく付き合いだして、……そういえばあの頃から同じことを言っていた。たまに「講習が早く終わった」とか言って、あたしの通っていた女子高に迎えに来てくれたことがある。
 女子力はほぼ捨てたとはいえ、イケメンに弱いのが女子の常だ。現にポケットに突っ込んだスマホからははまだバイブが鳴っている。とんでもない食いつきようだ。どんな顔して会話に交ざればいいやら。
 「だから今度からはあそこのコンビニ集合にしよ」
 今はとりあえず通知の止まないスマホは放っておこう。打開策は有効かどうか厳しめだけど、校門で待たれるよりはいい。はず。ねっ、と蒼紫さんに念を押すと、どことなく赤い顔をしながらぎこちなく頷いてくれた。